ただのdiary

自分らしく、自分の人生を歩むための私の日記

特別お題:血液難病「血小板減少性紫斑病」④リツキシマブ療法〜退院

 

特別お題「今だから話せること

皆さんこんにちは!MAOです。今日は祝日ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?仙台の駅前も大勢の人で賑わっております(^o^) 

さて、今日は、私の血液難病についての続きを書いていこうと思います。(この投稿が誰かのためになる日が来ればいいなと思いながら、、、)

私が2回目の入院をしたのは、2020年の12月19日でした。一度目の入院から大体3年半が経過していましたが、この時の入院が以前の入院と明らかに違う点は、コロナ禍であったということです。コロナ禍の入院は私たち患者にとっても、医療関係者にとっても非常にストレスだったなと感じています。2回目の入院は、全部で六日間で、入院の後半では新しいリツキシマブという点滴のお薬を投与しました。ちょうど12月の後半だったので、大学は冬休みに入っていましたし、コロナ禍で就活や学校の課題は全部オンラインで行うことができたので、以前とは違う入院生活を過ごすことができていました。

私が試した、リツキシマブというお薬は、副腎皮質ステロイドと同じような治療効果が期待できるのにも関わらず、ステロイド特有の副作用がないことから、欧米では日本よりも早い段階から、血小板減少性以外の治療にも使われています。その一方で、点滴初日にはアレルギー反応が出る場合もあり、また、一日4時間かけて点滴を体入させるので、時間的に余裕がないと難しいところも特徴として挙げられます。しかし、欧米では、血小板減少性の根治療薬とされる脾臓摘出よりもはるかに多くの治療実績があり、再発・難治患者においては非常に効果的な治療法とも言われているようです。

私は、この病気で計2人の先生に診てもらっていましたが、お二人ともステロイドもレボレードも効かないとなると後は脾臓を取るしか、、、と考えていらしたので、リツキシマブで治療を行う患者は私が初めてでした。

リツキシマブを投与したのは、入院三日目でした。朝にアレルギー反応を抑える点滴をして、その後にお薬を入れ始めました。初め20分くらいは何の変化もありませんでしたが、投入開始から30分くらいが経ち始めた頃、身体がどんどん熱くなってきて、何かで四肢が縛られてる感覚がしてきました。開始から2時間経過した頃に少し鼻血も出てきてしまったので、リツキシマブを投与するスピードを少し落としてもらい、4時間と少しの時間で何とか一度目の投与を終えることができました。その後三日は経過観察で入院をしていましたが、特に特筆すべき症状もなかったので、そのまま退院することができました。今現在、私はリツキシマブを投与してから丁度今年で2年が経ちましたが、数値は非常に安定しています。初めは、治療効果が1年続けば良い方と言われていたので、私にとっては非常に効果的であったと思っています!

退院してからは、一週間に1回の点滴を3回受けに行って、2020年2月にリツキシマブの治療が完了しました。

血小板減少性という難病と向き合う中で、常に考えておかなければならないことがあります。それは、妊娠と出産です。私は今すぐにそのような可能性があるわけではないですが、妊娠や出産をしたいとなると、安定した母体が必要不可欠です。妊娠中に使えるお薬はステロイドのみらしく、ほとんどの患者の場合は、脾臓摘出を行なってから出産を行うようです。私は今安定した血小板数がありますが、まだまだ完治までの道のりは長いようです、、、笑

2020年2月に最後のリツキシマブを投与して以降、私はこの2年間他の薬を何も摂取していません。その間、血小板数は一定して安定で、大体25万/μL前後を推移しています。しかし、月一回の通院に採血、検査に診察がいつまで続くのかと思うと、非常に気持ちが重くなります。しかし、定期的に採血をしていると、血小板以外の他の血液細胞の些細な変化にもすぐに気がつくことができます。この前、定期診察に行ったら、クレアチニンと尿酸の数値が異常値を示していたようで、医師から腎臓内科への受診を勧められました。血液内科に腎臓内科、何個診療科通えばいいんだ〜〜!!!と心の中で叫びました。

この回で、これまでの私の血小板減少性のお話は一旦終わりたいと思います。しかし、私はto be continued があるようで気が気ではありません。私の今後の血小板についてや、初めての腎臓内科についてなど、続編をお楽しに。笑

それでは、皆さんまた次の投稿でお会いしましょう!(^^)」